『紙の砦』のラストシーンで、主人
公、大寒鉄郎が 次のように叫ぶシーンがある。
「あかりがついているぞっ。あかりが ついていても爆撃 されない!!やっぱり終わったんだ」 手塚治虫の生涯をとりあげたTV番組 で、よく出てくるこのシーンが実は手塚治虫の実話に基づいていて、その場所が今でも都会の真ん中に残っていると いうことを皆さんはご存じだろうか? |
ぼくはその夜、自宅の宝塚から、阪急電
車に乗って、
大阪へでていった。車内はガランとして幽霊電車のようにさみしかった。「あっ、大阪の町に灯りがついている!」ぼく
は目を見はった。阪急百貨店のシャンデ
リアが目もくらむばかりに輝いている。何年ぶりだろう!灯りがついたのは。「ああ、ぼくは生き残ったんだ。幸福だ」
これが平和というものなんだ!
(COM’68 1 収録「ぼくのまんが記
戦後児童まんが史1」) |
梅田の阪急百貨店の南端、シャンデリア が下がったカ マボコ状のドームがその場所である。 |
1929年に、日本初のターミナル・
デパート(鉄
道駅を併設した百貨店)として建てられ、ほぼ、建築時そのままの外観を残す建物の中でも、このドームはよく当時の雰
囲気を残している。天井の四隅には、中
国神話の四神のうち、青龍・朱雀・白虎と、ギリシア神話から天馬が描かれ、シャンデリアが光を投
げかけ、装飾が鈍い光沢を放っている。 ※天井の四隅の四神の絵は建築家・伊藤忠太の原画をもとにしたものだそうである。 |
旧阪急梅田駅コンコース |
青龍 |
白馬 |
白虎 |
朱雀 |
現在の阪急梅田駅はJRの北側にある
が、1971
年までは現在の阪急グランドビルのあたりに駅があり、改札を出るとすぐ、このシャンデリアがこうこうと輝いていたと
いうわけである。
また、『COM』連載時の挿し絵 で、シャンデリアは 今のものと同様のものになっているが、阪急百貨店の社史によれば、大シャンデリアは金属回収令により供出させら れていたそうである。したがって、手塚が見 たものは、現在われわれが目にすることができるシャンデリアのようなものではなく、もう少し小振りの、別の照明 であったかもしれない。 ちなみに手塚は、大阪市街地へ行き 来する場合(大学 時代は毎日)必ず通るこのターミナル近辺が思い出として強く残っているのか、作品中に3回登場させている。ひと つは、『どついたれ』で、美保が拘留されて いたのが、曾根崎警察署であった、という設定。二つ目は、『ブラック・ジャック』の「アリの足」のラストシーン で小児麻痺の少年(ケン一)が辿り着いた場 所が大阪駅前であること。三つ目は、『アドルフに告ぐ』で、仮釈放された峠が、仁川警部と一緒に、彼の自宅に向 かおうとするシーン(話す二人の後ろを本作 品での仇役・ランプの部下が尾行しながら、「やつは郊外電車に乗る気です。」などと報告しているシーン)。ここ で、二人が向かっているのも、おそらくはこ のターミナルビルである。 |